【イベントレポート】第1回 儲かるスマート農業会議@東京「農業×ITの今と未来」
スマート農業・IT・地域などの異なる分野の第一線で活躍する5名のゲストが「農業×IT」の今と未来を語る「スマートアグリ会議2019」が、6月26日、SENQ六本木で開かれた。
登壇したのは日本をリードするロボット開発ベンチャーや、地域経済圏の救世主と呼ばれる町役場の職員など、多彩な顔ぶれ。同イベントから見えた「農業・地域」×「IT」の最新事例とこれからの展望を紹介する。
スマート農業の実践に寄り添う地域商社「こゆ財団」代表理事がモデレート
国内農業の課題を解決すべく“スマート農業”や“アグリテック”が、各地で広がりを見せている。トラクターの自動運転やドローンによる農薬散布も、珍しいものではなくなってきた。 産官学連携による新システムの開発や、システムの普及活動も活発化。国や自治体の施策により、スマート農業の導入時に受け取れる補助金や新技術導入のための特別融資枠も充実しつつある状況だ。
とはいえ、生産者の努力や行政の金銭的補助には限界がある。“アグリテック”を普及させるためには、“テック”を活用する立場の生産者とともに考え行動する企業や団体の存在も不可欠になる。
そのような団体のなかでとりわけ注目を集めるのが、宮崎県新富町の地域商社「こゆ財団」だ。「稼いで、まちに再投資する」をモットーにする同財団の設立は2017年。以来、特産品の開発と販売を手がけ、新富町産の国産生ライチをブランド化し「新富ライチ」として1粒1,000円で販売するほか、クラフトビールやケーキ、トリュフ、お茶にマタニティクリームなどさまざまな加工品も開発した。あわせて新規就農の促進とアグリベンチャーの誘致も手がけている。
本イベントでは、同財団の代表理事・齋藤氏が自身の経験も踏まえながらモデレーターを務め、ゲストとオーディエンスが最新の農業×IT事情について活発に議論を交わした。
大手・ベンチャー・行政……それぞれの立場から見る、農業とテクノロジーの未来
前述のモデレーター・齋藤氏を筆頭に、農業、地域、テクノロジーそれぞれに造詣の深い4名がゲストとして登壇した。イベントでは、登壇者5名のディスカッションに加え、オーディエンスとの質疑応答が行われ、いずれも白熱した議論が交わされた。
こゆ財団代表理事 齋藤 潤一 氏
米シリコンバレーでブランディング・マーケティングの責任者として従事した後、帰国。帰国後は地域プロデューサーとして人材育成・起業開発を行う。2017年に宮崎県新富町で地域商社こゆ財団を設立。1粒1,000円の新富ライチで注目を集め、国の地方創生優良事例にも選出された。農業を通した地域経済の活性化に加え、移住促進やアグリベンチャーの企業誘致にも一役買っている。
富士通株式会社ソーシャルイノベーション担当 若林 毅 氏
1983年に富士通株式会社に入社。2011年よりソーシャルイノベーション分野を担当している。社外活動として内閣府・総合科学技術・イノベーション会議 「農林水産戦略協議会」や農林水産省 「スマート農業の実現に向けた研究会」「知の集積と活用の場産学官協議会」「国立研究開発法人審議会」に参画。
一般社団法人コード・フォー・ジャパン代表 関 治之 氏
2013年に一般社団法人コード・フォー・ジャパンを設立。地域の課題をITで解決するコミュニティづくりを行う。同団体が運営するコミュニティは2019年6月現在、全国に約80ヵ所。地域の人々とともにITソリューションづくりなども行っている。
宮崎県新富町役場 岡本 啓二 氏
新富町生まれ新富町育ち。大学を卒業後、新富町役場に入職。少子高齢化にともなう財政難などの課題を解決するため、地域商社の設立を提言。これによりこゆ財団が設立され、さらに財団の利益を町に再投資する仕組みを作った。現在は新富町役場から出向中。こゆ財団の執行理事。
合同会社NextTechnology代表 秦 裕貴 氏
高専初、教員と卒業生で立ち上げたベンチャー「合同会社NextTechnology」の代表を務める。ロボット開発を中心に、企業との共創を得意とする。においを嗅いでリアクションするロボット犬「はなちゃん」が話題になり各種メディアに取り上げられた。
農業・地域×IT普及のキーワードは“ビジョン”と“翻訳者”
齋藤氏︰まず皆さんにお伺いしたいのが、テクノロジーは本当に農業や地域の課題を解決するのかという点です。関さんはさまざまな地域でITを活用して実際に課題を解決しているわけですが、現場の空気感はどうでしょうか。
関氏︰課題を解決したい自治体と、ITで課題を解決しようと考える技術者は、それぞれに考えがあって、お互いを理解するのに時間がかかることも少なくありません。とくに農業はPDCAサイクルが長く、途中でプロセスを変更するのが難しいため、こちらがポンとアイデアを持ち寄ったところでうまくいかないという現状があります。テクノロジーはあくまでもツールであり、それであらゆる課題が瞬時に解決するわけではない、ということを理解してもらいつつ、信頼関係を築いていくのはなかなか大変です。
双方のハブとなるような、それぞれの立場を理解して言語化できる“翻訳者”の存在が必要不可欠だなと感じています。
齋藤氏︰
こゆ財団でいえば、財団と行政の間に入って調整している岡本さんのような存在でしょうか。他にはどのようなものが必要だと考えますか?
関氏︰
まずはビジョンではないでしょうか。私たちと地域の人のビジョンが同じであれば、ものごともうまく進むと感じています。もちろんビジョンを共有するだけでなく、問題の全体像を互いに把握しつつ、それぞれが解決に向けて夢を語ることも大切だと思います。それを実行する際には当然失敗もありますが、徐々に失敗が許容されるような空気になり、不思議と外へも開かれていくんです。
齋藤氏︰
ビジョンやミッションの共有が大切ということですね。翻訳者的な立場にいる岡本さんはどうでしょう?
岡本氏︰関さんが先ほど“テクノロジーはツール”とおっしゃいましたが、まさにその通りだなと。新富町でいえば、将来的に目指す地域の形を行政と話し合って、その中で活用できるものとして挙がったものの一つにテクノロジーがあったという感じです。
ただ、スマート農業に関しては生産者側が、というよりは行政側に渋い顔をされることもままあります。課題解決の一助としてテクノロジーを活用したい側と、テクノロジーの提供側、それぞれがお互いの立場を理解し尊重できるように動いています。
齋藤氏︰
行政でも、はじめから新しい技術の導入について理解を示してくれる人とそうではない人が分かれることもあります。
岡本氏︰
行政のトップ、首長がテクノロジーに理解を示す自治体であれば、職員でも理解してくれる人が複数いる傾向にあります。地方自治体と一緒に何かをするのであれば、首長とビジョンを共有することが大切だと考えます。
こゆ財団も、自治体とビジョンを共有したうえで、自治体ができない部分をこゆ財団がスピード感を持って進める、というようにお互いを尊重したからこそ成功できたのでしょう。
テクノロジーは道具、経営ビジョンがあってはじめて生きる
齋藤氏︰
若林さんは富士通という大企業の立場で、農業の課題を解決するために奔走しています。スタートアップやベンチャーとはまた違う苦労があったのではないでしょうか。
若林氏︰
やはり、「テクノロジーで農業の課題を解決する」といっても一朝一夕でできるものではないので、会社側と折り合いをつけながら黒字化を目指すのは大変な部分もあります。
現場では、生産者側の経営ビジョンをくみ取りつつ、どのようなソリューションを作って活用するのか、売り上げを増やしていくのかを考える必要があります。テクノロジーは農業の経営をスマートにするためのツールですから、最も重要なのは「どういう経営スタイルにしたいのか」という部分でしょう。道具は経営ビジョンがあってはじめて生きるものだと思います。
齋藤氏︰
企業と行政が連携してアグリテックを導入していく中で、「テクノロジーの導入が目的」となってしまっている例も見受けられます。
若林さん︰
先ほど岡本さんがおっしゃっていた通り、首長の理解度が影響する部分はあると思います。今、“スマートアグリ”という言葉が流行のようになってしまっていて、他の自治体が始めたからこちらも、というようにビジョンがなく形だけ話を進めているようなパターンもあるようです。
うまくアグリテックを導入している例でいえば、宮崎では、ピーマンを栽培する農家がチームを組んでICTを活用しています。これは生産者を束ねてピーマンの生産量を増やす、というビジョンがあったからこそ賛同者を得られたわけです。
齋藤氏︰
ロボット開発を行う秦さんはどうですか? ロボットは農業をどう変えるのでしょう。
秦さん︰
NextTechnologyでも、農業用ロボットの開発に着手しています。ヒトにとってロボットは、大きな夢が詰まったテクノロジーなのではと考えているのですが、あれもこれもと機能を付け加えると、開発側のテクノロジーの押し付けになりかねません。
ですから、私たちは農業用ロボットというよりは既存のものをアップデートするような、新しい農業機械を作っているイメージで開発に取り組んでいます。「これは新しいテクノロジーです」というと難しい印象を持たれてしまうこともあります。「これは新しい農業機械です」となれば、生産者も親しみやすいのではと考えています。
齋藤氏︰
確かに、トラクターが誕生した当初は多くの人が驚愕して、農業の未来はどうなってしまうのかという憂いもあったかもしれません。しかし今では、当たり前の農業機械として受け入れられています。日本の農業におけるアグリテックも、将来的にはこの領域まで進み、当たり前のものになっていくのでしょう。
地域にイノベーションを起こすなら、“外の人”を取り込むのが一番早い
齋藤氏︰
ここで少し、関さんに神戸市での活動内容についてお伺いしたいと思います。神戸市はとてもイノベーティブで、テクノロジー面においては日本最先端なまちのではと思うのですが、どのようにして実現したのですか?
関氏︰
現在、私は神戸市のチーフイノベーションオフィサーという肩書きで、市の非常勤職員をしています。入職したのは3年前で、その当時はIT関係でいうと福岡のほうが盛んでした。この3年間で、コード・フォー・ジャパンから数名を神戸市に紹介したり、東京でスタートアップ支援をしている人たちを市に紹介したりと、さまざまな外部人材との交流機会を増やしてきました。
先ほど述べた翻訳者の必要性という部分で、翻訳者を探すよりも、外の人を中に取り込んでしまうほうが関係性作りとしては話が早いということです。外の人が中の人(行政)にテクノロジーを教えるのではなく、すでにテクノロジーについて知見のある人が中に入ってしまったほうがテクノロジーを導入するハードルも下がり、導入までにかかる時間も短縮できますよね。
齋藤氏︰
確かにそうですね。新富町も町長がとてもイノベーティブで、テクノロジーに知見のある外部人材を採用したいという話をしています。地域に関わりたいと考えているスタートアップの方々が、内側に入ってこゆ財団、あるいは新富町の町長と新しいことを始めるのも面白いかもしれないと、今お話をうかがって感じました。
オーディエンスと考える、農業×ITの未来
齋藤氏︰
翻訳者が必要であること、ビジョンが大切であること、テクノロジーはツールである、というお話をしてきました。ここまでの話で気になった点などについて質問していただければと思います。
質問者:
新富町が“食と農のシリコンバレー”を目指すにあたって、現状と、今後の課題について教えてください。
岡本氏︰
アメリカのシリコンバレーでは、スタンフォード大学を核にして各企業が横につながり連携したからこそ、新しい産業が生まれ、次々とIT関連企業が集まってきたのではないでしょうか。それと同じように、新富町ではこゆ財団が核となり、農地のすぐそばに農業関係者や農業ベンチャーを集めて、一つのまちのようにできればと考えています。行政のバックアップを得つつ、すぐそばの農地で開発したテクノロジーなどを実証実験していくことができれば、開発からリリースまでのスピードも上がります。
生産量を増やすという部分だけでなく土のつくり方、病気への対処法などに対する知識を新富町の“食と農のシリコンバレー”に集結させて、それを全国に広め、最終的には日本の農業が世界で戦える状況を作るというビジョンも持っています。
新規就農の面では、行政とは別に動いています。行政の新規就農モデルで話を進めると、どうしても年間数名しか新規就農できないという現状があるんですね。こゆ財団は、新規就農したい方と農地・農家を直接つないで、「すぐに農業をスタートしてください」という状況を作れます。この際には、販売面でのサポートも行っています。
齋藤氏︰
こゆ財団は、生産者と「一つのやり方に縛らない」関係づくりをしているのが特長です。例えば、新富ライチでは私たちが仕入れ・販売を行うこともありますし、生産者が自身でブランディングを行うこともあります。私たちはアドバイスをするだけ、販売先とマッチングするだけというパターンもあります。それぞれの考えを尊重して、そこで生まれる多様性を大切にしています。
質問者:
テクノロジーの災害対策への活用は進んでいるか教えてください。
関氏︰
自然災害については、どうしても防げないものもあります。そのような中でも、二次災害が起きないように「情報を素早く伝える」ことが大切なのではないでしょうか。例えば、防災無線のようなシステムでは、すべての人に同じ情報を早く的確に伝えるのは難しいものです。これをデジタル化して、ケーブルテレビ経由で情報をテレビに表示する技術はすでにできています。
農業関連でいえば、気候の変化をデータ化する技術はありますよね。農作物の病気に関しても、データを集めて共有することで病気の芽を摘もう、といった動きもあるようです。
質問者:
現状では“スマート農業”というと、垂直農業や植物工場が最先端だと思います。今後の日本ではどのようなスマート農業が拡大するとお考えでしょうか?
若林氏︰
繰り返しになりますが、テクノロジーはあくまで課題解決のための手段です。例えば、経営規模を拡大した時にすべての圃場を目で確認するというのは難しいですから、データで可視化することで作業を効率化できます。ロボットを活用するのなら、作業はロボットに任せて、経営者は販路拡大や商品管理に注力するといったこともできるでしょう。
垂直農業についても、日本は先進的であると感じています。レタスを作る京都の株式会社スプレッドは、大規模な垂直農業で黒字化を果たしています。将来的に、日本における輸出産業の一つの目玉になるのではと思います。
登壇者が感じた、こゆ財団と新富町の独自性
本イベントでは、登壇者とオーディエンスのやりとりも活発に行われた。「農業・地域×IT」の渦中にいる登壇者たちも、得るものが多くあったのではないだろうか。
イベント終了後、大手企業の立場からスマート農業の支援を行ってきた若林氏と、ITソリューションで地方活性化に尽力している関氏に、今イベントを通して外部から見えた「新富町とこゆ財団の魅力」についてあらためて聞いた。
若林氏「地域商社というコンセプトが素晴らしい」
若林氏:
今日のイベントは登壇者もオーディエンスも活気と熱気があって、それぞれが”自分ごと”として課題意識を持っていたのが印象的でした。新富町とこゆ財団にいたっては、「食と農のシリコンバレー」という明確なビジョンを持って、行政・民間関係なく、一つのゴールを目指しているのが印象的です。他の地方でもこういった例は類を見ないと思います。
新富町では、地域の観光協会を解散して「利益を地域に回す」というコンセプトで地域商社を設立している点が素晴らしいですよね。他にはないユニークさがあります。お金がなければ、ヒトもモノも集まらないので、まず仕事を作り、お金を生むという部分に注力して、その後に移住促進や企業誘致を行って成功させています。
地域をアピールするだけにとどまらず、ビジネスとして成功させて利益を出して、その利益で地域経済を順次アップデートしているというのがとても新鮮でした。今後も新しい人や企業が集まり、”最先端のテクノロジーを農業に活用できる拠点”になりそうです。
関氏「“つなぐ”ことを本気で取り組んだからこその成功」
関氏:
こゆ財団の成功は、“つなぐ”ことを本気で取り組んだからこそ生まれたものなのではと感じました。「新富町で農業を軸に新しいことにチャレンジしたい」となった際、こゆ財団があることで回り道せずスムーズに始められるのは、まちにも人にも大きなメリットでしょう。
食と農のシリコンバレーを実現するためには、多くの人や企業の存在が必要になってきます。今後は、アイデアを持った人が新富町で気軽にチャレンジできるようにお試し期間を設けたり、スタートアップやベンチャーのアクセラレーションプログラムのように、スポンサーとアイデアマンが事業共創したりといった展開があると、より多くの人が新富町に訪れやすくなるのではないでしょうか。
これからさらに活躍・発展して、食と農のシリコンバレーを実現してくれることを期待しています。
会場全体を巻き込む白熱したディスカッションを終えて
本イベントは、登壇者がそれぞれの立場と垣根を越えて活発に意見を交わし、オーディエンスは登壇者に遠慮なく質問を投げかけた。オーディエンスからは、「話を聞くスタイルのイベントが多い中で、積極的に参加できるイベントは貴重」との声も挙がっていた。
スマート農業やアグリテックの分野は、優れた技術やアイディアを持つ事業者たちが存在する一方、テクノロジーや概念だけでは、農の現場や地域に受け入れられないという状況がある。本イベントは、この問題に正面から取り組み実績を上げている登壇者と議論できる、またとない機会になったようだ。
こゆ財団と新富町の“食と農のシリコンバレー”の行方は、これからも注目を集めそうだ。