経済復興の鍵をにぎる 農業の構造改革とは? デジタルトランスフォーメーション特集
「財務省でやりたいと思ってきた日本社会の構造的な問題解決を、今農業という枠組みでやれているような気がするんです。農業のデジタル・トランスフォーメーション(以下 DX)は、僕なりの『農業版構造改革』なのかもしれません」
こう語るのは、財務省で構造改革の必要性と困難さを目の当たりにしてきたという農林水産省大臣官房政策課企画官の近藤清太郎(以下 近藤・役職は2019年12月当時)。
2018年7月、財務省から農水省に出向して以降、生産現場だけでなく行政側も含めたデジタル化の重要性にいち早く気づき、農業におけるDXの推進力として活躍してきた。
農業のDXを通じた構造改革とその先に広がっているみんなが本当に幸せになる解とはどのようなものだろうか。近藤に、DXにかける思いを聞いた。
思い込みを取り外すことでイノベーションが起きる
ーーまずはじめに近藤さんの経歴から聞きたいのですが、近藤さんは、なぜ官僚になりたいと思うようになったんですか?
小学生の頃、学級委員をやってたんですが、何かを決める時にみんながバラバラな意見を言って収拾がつかなくなることは日常茶飯事でした。そんな意見が噴出する中でも、みんなが楽しくなるように公平な形で一つにまとめていくことが本能的に好きだったんですよね。
ーーそこで、官僚という選択肢が出てくるのは珍しいですね。
僕の中ではすごく自然でした。官僚の仕事はあまり知られていませんが、いろんな意見をよりよい形でまとめるのが仕事です。バラバラな意見も、突き詰めて考えれば「みんなが本当に幸せになる解につながる」という考え方が直感的に子どもの頃からありました。
ーー数ある省庁の中から、財務省を選んだのは、何かきっかけがあったんでしょうか。
他の省庁は分野ごとに分かれた所掌がありますが、財務省は納税者、つまりほとんどの国民について深く考えることができます。学生時代から、「官僚であっても一国民としての意識から考えなくちゃいけない」という強い問題意識がありました。それが自分の意識に合っているなと思って財務省を選びました。
ーー近藤さんが財務省で関わってきたのは、いわゆる「お金」の部分ですか?
財務省=お金と思われがちですが、僕たちの意識は、そうではありません。お金というよりは、日本社会の構造全体の持続可能性を見て仕事をしています。
各省庁がそれぞれの立場から多様な意見を主張する中で、全体のバランスを見ながら集中投下すべきところの判断を国家レベルで考えられるのが財務省だと思っています。
思い込みを取り外すことが、イノベーションへの近道
ーー日本の構造上の課題というのは、どこにあるのでしょうか。
ずっと考えていますが、一つ答えるのはなかなか難しいですね。やっぱり経済自体を回していかないと持続可能ではないだろうというのは当然ながら感じていて、「このままの状態で縮小均衡を待つだけではだめだろうな」という思いは常にあります。
ーー構造改革というと日本全体を一つの枠の中で捉えてしまいがちですが、日本の地域は多様で、これからは「小さな拠点」をたくさん育てていくことがすごく重要ですよね。そういうことも一つの構造なのかなと思っています。
たしかに国が画一的なモデルを示すと、地域によってはまったく適合しないこともありますよね。地域で小さな拠点を構築するために、デジタル技術ができることはたくさんあるだろうと思っています。
ーー「多様性を認めよう」と国が打ち出して推進できれば、国民みんなが思い込みを取り外し、イノベーションに向かって走りやすくなるんじゃないかと思うんです。構造改革で「思い込みを取り外す」という選択肢はあり得るんじゃないでしょうか。
税金の集め方にしても、デジタル技術を活用すれば、全国から集めて再配分するという「思い込み」の部分を減らす選択肢もあるのかなと思っています。
例えば「ふるさと納税」はまさにこれまでの「思い込み」を破った仕組みですが、自分が払ったお金が何に使われたのかが目に見えてわかるためにこれだけ普及したと思います。ふるさと納税は厳密には納税ではありませんが、こうしたパブリックなもののうち自分が関心のあるものにお金を出して何かしら実現していくという制度を増やすことはあり得るかもしれない。
そうは言っても、実際に既存の構造を大きく変えるのはすごく大変で、予算や税金の話でいうと、結局は国民が納得してくれるかどうかで決まってくる部分が多いんです。
日本の社会構造全体を相手にすると、それだけ自分の思いをそのまま実現することのハードルは上がりますね。
農業のデジタル化の重要性を肌感覚で感じた
ーー「やりたいけど相手が大きすぎて前に進めない」という思いを抱えていた近藤さんですが、2018年7月に農水省に出向されてから、農業のDXを推進する主戦力として活躍されています。農水省ではどんなことをやってこられたんですか?
主に担当してきたのは、農林水産業の規制改革です。規制改革のテーマの一つに「デジタル技術やスマート農業技術の活用」があって、現在の規制では適用が難しい部分を調整したり、ドローンの活用に関する新たなルールを作ったりしてきました。
その中で、農業におけるデジタル化の重要性を肌で感じるようになったのですが、生産現場だけでなく行政側のデジタル化も不可欠だと考えました。農業現場のデータをネットワークとしてつなぐだけでなく、行政手続も電子化し、農業全体のパッケージでデータ連携を進めることが真の付加価値創出につながるのではないかという問題意識が芽生えてきて。
当時政策課長だった信夫さん(現:農林水産省大臣官房審議官)に「これはもう全体でやらないといけないですよね」と話をすると、すぐに合意を得て、ここまでスピード感を持って進めてきました。それに合わせて、農水省内に「デジタル政策推進室」を新たに立ち上げました。
ーー農水省が推進するDXの発端には、近藤さんの問題意識があったんですね。
まさか農水省で新たな組織の立ち上げに関わるとは思ってもみませんでした。本当に出向者である僕がやっていいのかなという思いもあったんですが、信夫さんに「気にせずどんどんやってほしい」と言われて、農水省は本当に懐が深いなと感じています。
ーー財務省ではまだ取り組めなかった構造改革を、まさに今農業という枠組みでやっているわけですよね。
そうなりますね。やっていてすごくおもしろいです。社会構造というと範囲が広くなってしまうのですが、農業は分野が限られているので焦点を絞りやすいし、イメージが周囲に伝わりやすいので実際に人が動きやすい。農水省が「多様な考えをどんどん取り入れよう」というオープンな風土だからこそ、畑違いの僕がここまでやってこれたというのは大いにありますね。財務省での経験や学びを生かしながら、「スマート農業産業をどう育てていくか」を考えるのはすごく楽しいです。
DXで「農業が身近にある社会」を取り戻す
ーー近藤さんが取り組む農業のDXという「農業版構造改革」の先には、どんな未来が広がっているのでしょうか。
農業は産業の一つであると同時に、人間の生活にとって根源的な要素だと思うんです。今は農業者と消費者が分断され、農作物をつくって食べるという根源的なプロセスから疎外されているように感じます。
でも本当は農業が身近にあることが人間の幸せなんじゃないか、それこそが次の高度な文化、つまり文明になっていくんじゃないかという気がしていて。矛盾するようですが、デジタル化を突き詰めれば、家のそばに畑がなくても、遠隔操作で野菜を育てることができるようになって、農業が生活に密接していた縄文時代のように戻るんじゃないかという思いがあります。
その一方、デジタル技術で生産効率が飛躍的に高まれば、最低限必要な農作物は自動生産できるようなビジネス農業が確立されて、国民の食料安全保障も担保される。そんな形で、農業は二元化していくだろうと思いますね。
ーー農業のDXを通して、農業をもっと身近なものにして人々が豊かになるような社会を実現していこうとしているんですね。近藤さんは、学級委員の頃から今もずっと「みんなが本当に幸せになる解」を探し求めている人なんだなと感じました。
そこの理想は失いたくないと思っています。難しいですけどね。農水省に来て思ったのは、行政ができることは金銭的なインセンティブをもたらすことだけではないということです。
人と人をつなげたり、人々の行動を自然と促すような明確なビジョンを示したり。
斎藤さんがやっているようなコミュニティづくりも、これからの官僚の仕事の一つになるんじゃないかなと感じています。自分のやりたかった構造改革って、実はこういうことだったのかもしれません。