日本を救う未来の農業とは?ー楽しく稼げるスマート農業会議ーゲスト:拓殖大学 竹下正哲氏
宮崎県新富町に設立されている、スマート農業推進協会の公開オンライン勉強会が開催されました。スマート農業推進協会は、全国から農業に関する知見を集結し、地方からスマート農業を推進している団体です。
日本は、農業人口の高齢化と人口減少により、農家の後継者や担い手不足が深刻化しています。今後生産者が半減していくという予想があるなか、日本の農業が稼げる産業に進化するために注目されているのがスマート農業です。
今回は、拓殖大学 国際学部 竹下正哲教授をゲストに迎え、農業課題にまつわる誤解と日本を救う未来の農業についてお話していただきました。拓殖大学 国際学部 農業コースは、日本唯一の「文系の農業」として知られており、竹下氏は栽培の実践を重視した指導を行っています。
内容
- 日本の農業問題に関する勘違い
- 日本農業の本当の問題とは何か?
- 日本農業が生き残っていくためには?
<スマート農業推進協会 オンライン勉強会>
開催日時:2021年7月27日 (火)
テーマ:未来型農業経営のヒントー楽しく稼げるスマート農業会議
現場の実践者らの生の声が聴ける人気講座がオンライン開催
【講師紹介】※敬称略
拓殖大学 国際学部 教授
竹下 正哲
北海道大学農学部卒業、北海道大学大学院農学研究科修了 博士(農学)
青年海外協力隊員として派遣されたエチオピアで餓死する子供を目の当たりにして人生が変わる。その体験をもとに書いた小説で第15回太宰治賞を受賞。その後ホームレス寸前まで貧困をさまよいながら、 夜の繁華街の黒服、手品師、着ぐるみ、森林調査官、 水泳コーチ等様々な仕事を転々とし、30台半ばに社会復帰。
その後民間シンクタンク、環境防災NPO、 日本福祉大学等を経て拓殖大学国際部へ。世界の農業現場に精通しており、 2015年に初めてイスラエルを訪問し衝撃を受ける。以後、 日本の農業問題を解決する答えはすべてイスラエルにある事に気づ き、2019年『日本を救う未来の農業―イスラエルに学ぶICT 農業法』をちくま新書から出版。
日本を救う未来の農業とは?
日本の農業問題に関する勘違い
竹下氏は、日本のメディアで取り上げられている農業問題には多くの誤解があるとし、本当の問題を理解する必要があると強調しました。大きな誤解の一つが、実は日本の自給率はそこまで低くないということ。
「日本は食料自給率が低い」というイメージを、多くの日本人が持っているのではないでしょうか。実際、多くの日本人が小学校で習う食料自給率は38%(2017年)と、とても低い数値です。ただ、スーパーで野菜売り場を見渡せば8〜9割は国産の野菜となっていることでしょう。
竹下氏によると、自給率38%という数字が独り歩きしている背景にはからくりがあると言うのです。日本の食料自給率は「カロリーベース」という独自の計算方法が採用されていますが、世界ではこの計算方法を重視している国は全くありません。
カロリーベースにすることの問題点は、野菜や果物はカロリーが低いため、自給率にほとんど関係しなくなるということ。どんなに頑張って農家が野菜の栽培を増やしても、カロリーに換算してしまえば、微々たるものになってしまうのです。
また、日本の食料自給率は家畜の餌まで遡っているのも、数値が小さくなる一因となっています。もちろん、安全保障の点からは家畜の餌などの確保も検討する必要がありますが、自給率と安全保障は別途考える必要がある問題です。
実際の「生産額ベースにした実質自給率は世界の中でも高水準である」という事実は、多くの日本人が知らないことでしょう。
日本農業の本当の問題とは何か?
では、日本農業の本当の問題とは何なのでしょうか?
農家の高齢化や減少、後継者不足、耕作放棄地の増大、低い自給率など、これらはすべて農業の課題として挙げられるものです。しかし、竹下氏はこれらの問題もすべて二次的なものだと話します。
実際の問題は、日本の農家が多すぎるということ。日本の農家一戸あたりの農地面積は世界水準に比べて小さ過ぎ、これこそが国際競争力を失ったすべての原因となっているのです。農業をビジネスとして認識するのであれば、数を絞って農家一戸あたりの農地面積を増やす必要があります。
実は、日本の作物の価格水準は世界一高く、例えば、米は世界基準の10倍、カリフォルニア米の8倍、ぶどうはオーストラリア産の11倍となっています。農作物が高いと国内で輸入物に勝てないだけでなく、輸出しても勝てないという結果に。もちろん、ブランド化することで高くても買ってもらえる可能性はありますが、高いにも限度があることでしょう。
また、値段が高いと地産地消が難しくなります。レストランや弁当屋など、ビジネスにとってはコストが掛かりすぎるからです。
今は、輸入物がスーパーに並んでも、消費者は国産を選ぶと考えられています。その背景にあるのは、美味しさと安全性への信仰です。しかし、竹下氏はデータを基に、農薬の使用量は日本が特別低いわけではないと示してくれました。そして、消費者が国産信仰をやめたときが危険だと強調します。
日本農業が生き残っていくためには?
では、なぜ日本の農産物は高いのでしょうか?物価や人件費が高いからではありません。竹下氏が教えてくれた最大の理由は、日本農業の生産効率の低さです。同じ面積で収穫できる量が少ないため、自ずと単価が上がってしまうということでした。
単収を解決できない限り日本の農業問題は解決不可能で、抜本的な方向転換をすることがマストだと言うのです。その具体的な方法として竹下氏は、栽培法にDrip Irrigation(点滴灌漑 )の採用を提案します。
これまでの日本では、灌漑は必要ないと考えられていたため、露地栽培が行われてきました。しかし、露地栽培中に発生する渇水の間には収量ロスが発生しており、単収を上げるためには点滴灌漑 が有効です。これまでの「枯れないから大丈夫」という段階は終わり、世界標準になりつつある点滴灌漑を積極的に導入することで、日本の農業課題を抜本的に解決できる可能性があります。
パネルディスカッション
イベントの最後には、鹿児島堀口製茶有限会社の代表取締役副社長であり、スマート農業推進協会 広報拡散部長としても活躍されている堀口大輔氏をお迎えし、パネルディスカッションが行われました。
【パネラー】(敬称略)
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- 堀口大輔
スマート農業推進協会 広報拡散部長
鹿児島堀口製茶有限会社 代表取締役副社長
1982年9月、鹿児島県有明町(現志布志市)生まれ。明治大学経営学部卒業後、静岡県の伊藤園に入社。生産本部農業技術部の新産地育成事業で産地指導から仕入れにつなぐ仕事に4年間従事した後、2010年4月帰郷し、父親の堀口泰久氏が社長を務める鹿児島堀口製茶/和香園に入社。
取締役として主に生産体制の改善などに取り組み、2018年7月、同社代表取締役副社長および和香園代表取締役社長に就任。日本茶インストラクターの資格を持つ。茶畑面積は300ha(うち自社管理茶園120ha)。R1年度及びR2年度 農林水産省 スマート農業加速化実証プロジェクトに取り組む。
スマート農業推進協会 広報拡散部長
九州アイランドワーク 広報宣伝拡散部長
テラスマイル 広報部長
ハチドリ電力 広報宣伝部長(九州顧問)
高橋:竹下さんのように、しっかりデータで示してもらうことが重要だと感じました。単収アップが農業課題解決の鍵というお話でしたが、茶産業からの視点も伺いたいと思います。
堀口:お茶の単収はすでに高い水準にあります。ただし、ドリップはまだ十分に検討されていない部分もあるので、参考にしたいですね。また、お茶の単収の高さを生み出している工夫を、他の野菜事業にもうまく応用していきたいと考えています。
高橋:本当の農業課題はどこになるのかが今日の主題でした。では、なぜ事実の誤認が発生してしまったのでしょうか?
竹下:職人気質の農家が多いというのが日本の特徴です。経営的な観点が抜けていて、非常に手間暇をかけて栽培する方法も多くあり、それが一因となったのではないでしょうか?
堀口:日本は内需に支えられてきた歴史があるので、国際競争力という視点がそもそも抜けていたというのはあります。農家というと栽培作業者のイメージがありますが、今後は農業の経営者という立場になることが重要です。経営者として、しっかり情報をキャッチアップしなければならないですね。
高橋:農業に対する(誤解されたままの)先入観は大きいですが、だんだん消費者の方も自分たちが誤解していることに気づいてくるのでしょうか?
竹下:ヨーロッパで有機農業が主流になってきた背景には、消費者からの安全性へのプレッシャーが大きくありました。消費者の要望に答える形で、農薬の使用量が下がってきたのです。消費者からの働きかけが、日本農業の大きな方向転換に繋がると期待しています。
みんなが正しい知識を持った上で議論することが重要で、全体のボトムアップに繋がるでしょう。
高橋:AGRISTのスマート農業事業では、人と完全に取って代わるものではなく、収穫時期で少し手が足りない(もっと収穫したいのにできない)のを手伝うロボットを開発しています。これは、単収アップの観点からもメリットが有ると感じました。
農業ロボット開発では、現場の課題から始まる技術開発が重要だと考えますが、その点の意見について聞かせてください。
竹下:たしかに、現場の農家と手を組んでうまくやっている事例は増えてきていますし、それ自体は良いことです。ただ、そこで日本式の農業に固執してしまうのはもったいない。もっと海外に目を向けて、農業の根本的な方法を変えていく必要があると感じています。
高橋:世界の目を取り入れるには、農家同士が横で繋がって新しい視点を持つのは重要かもしれませんね。
堀口:農家同士がオンラインで気軽に交流できるようになったのはいい流れです。
高橋:視聴者のみなさんからも、いくつか質問が寄せられています。
中山間地域での農業課題解決は難しい印象を持っていますが、解決のヒントはありますか?
竹下:たしかに、大型の農業機器やロボットを導入するのは難しいですが、ドリップ式の栽培施設は面積が少なくても大丈夫です。また、果樹などは斜面が功を奏することもあります。
高橋:単収を上げて国際競争力を持った暁には、次のステップとしてどこに行き着くのでしょうか?
竹下:日本が国際競争力を回復させた後は、ブランド化に繋がると考えています。今回の単収アップは、農家の工夫や差別化を否定する話ではありません。今は、行き過ぎた工夫で作物価格が高騰し、世界での競争力を失っていることが問題です。今後、収量を下げることなく糖度を維持する技術などを確立できれば、国際競争力を高めることができるでしょう。