お知らせ

スマート農業推進協会からのお知らせ

持続可能な農山漁村に向けた補助金頼みからの脱却  DXで実現する「起業支援の進化系」inacome(イナカム)

 

農林水産省 大臣官房政策課企画専門職
葛井 陽介氏
1985年生まれ、奈良県出身。2009年に農林水産省に入省。「農山漁村地域での起業促進」の担当者として地方での起業における課題解決に取り組むとともに、地方を舞台に面白いことにチャレンジする仲間づくりを進めている。

農業人口の大幅な減少が危惧される中、農林水産省は、人出に頼ったアナログな農業から、データと技術を活用した新たな農業への変革をめざす「デジタル・トランスフォーメーション(以下 DX)」を推進している。

農業のDXが必要なのは、何も生産現場だけでない。これまで補助金に頼ってきた農業政策の刷新も重要課題の一つだ。そこで2019年10月、デジタル技術を活用した新たな農山漁村の活性化策の形をめざし、オンライン上で起業者間の情報交換や専門家への相談ができるウェブ起業支援プラットフォーム「INACOME(イナカム)」をスタートした。農業のDXを実現するプロジェクトの一つで、「お金ではない形」で行政が起業者を全面的にサポートし、地域資源を活かしたビジネス創出を促進することで、地域経済を確立しようとしている。

「これまで個人が農水省という大きな行政組織に相談を持ちかけるのは、ハードルが高かった。これからは行政が小さな声に応えていくことが重要で、DXでそれを可能にしたいんです」

そう言葉に力を込めるのは、イナカムの立ち上げから運用まで一貫して取り組んできた葛井陽介(以下 葛井)。イナカムを通して実現したい未来はどこにあるだろうか。葛井に、イナカムにかける思いを聞いた。

 

農水省職員が「個人」として、起業者を全面サポート

ーーまずは、イナカムが立ち上がった経緯を教えてください。

人口減少が進み、この20年で日本の農業者は約6割にまで減少すると言われています。そんな中で、農山漁村の持続可能な発展を実現するためには、何より地域の雇用と所得を生み出し、一人でも多くの人を呼び込むことが重要です。そこで、地域の資源を活用した新しいビジネスを始めようとする人を行政がサポートし、より多くのビジネス創出につなげようと、イナカムを立ち上げました。

起業支援には、中小企業庁など他の省庁も取り組んでいますが、農業側から支援することで、また新しい動きが生まれるのではないかという期待もあります。

ーー農業側からの起業支援ということですが、イナカムの革新的な部分はどこになるのでしょうか。

これまで農水省が行う農業政策は、補助金を配って農業者の行動を促すような取り組みが主流でした。もちろん補助金による効果はあるのですが、特に農村政策においては、それによって地方が衰退し、人が減るような側面もあると思っていて、今では補助金を配る先がもうないという地域も見られます。

そこで、補助金を配ることから、地域を評価することに方向転換し、地域資源を活用したビジネスを生むことで地域の持続性を担保する仕組みをつくろうと考えたのです。やっていること自体は革新的ではないかもしれませんが、視点としては新しいと自負しています。

「補助金に頼らない」コミュニティ

ーー補助金頼みの農業政策から、デジタル技術を活用した起業支援に移行していくというのは、たしかにイノベーティブですよね。でもイナカムの機能を見ると、「農水省が税金でSNSを作ってるだけ」と感じる人もいるんじゃないかと思うんです。従来のSNSとの違いってどの辺なんですか?

「補助金に頼らない」という意志を持つ人たちがつながって生まれたコミュニティを、農水省が「お金ではない形」でサポートし、成長させることに特化しているところです。

それだけでなく、地域でチャレンジしようとしている人への周囲の理解をどう促すかも重要視し、ビジネスコンテストの開催を通して、地域で頑張っている人を評価することにも力を入れています。新しいチャレンジをまずは外部が評価することで、地域の人たちに理解を深めてもらえればと思っています。

ーー「お金ではない形」でのサポートということですが、イナカムのコミュニティの中で、農水省は具体的にどういう関わり方をしているんでしょうか。

農水省の職員も個人としてコミュニティに参加し、起業を進める上で困りごとがある人と解決できる人をつなげたり、起業に役立つ情報や施策を発信したりと、起業者を全面的にサポートする役割を担っています。それと同時に、起業者のちょっとした相談を受けられるようなメンタル面のサポーターでもありたいと思っています。

ーー行政職員が個人としてコミュニティに参加しているところが、おもしろいですね。

行政というのは、中にいる職員の顔がほとんど見えないので、農業者個人が相談しづらい状況があり、個人へのサポートが行き渡らなかったことが数々の弊害を生んできたと思うんです。イナカムでは「農水省の葛井陽介」として参加者とつながり、意見交換することで、何か新しいものを生んでいきたいです。

「チャレンジングな価値観」が集まるコミュニティをつくる

ーー実際にイナカムを始めてみてどうですか?僕も使ってますが、正直なところ使いにくいですね(笑)。

おっしゃる通りです。3月末時点でユーザーは500名ほどいて、コミュニティやつながりをみなさん求めているという感触はあるんですが、コミュニティの活性化には至っていません。その要因の一つはやはりユーザビリティですね。使い勝手が良くなかったり、投稿しても期待しているような返答が得られなかったり、ということがあるのかなと感じています。

ーーコミュニティやSNSをつくる時は、そこに誰が参加しているのかが大事ですよね。地域ビジネスの成功者など、インフルエンサーが質問や相談に応じてくれるメンター制度を導入すれば、活性化につながるかもしれません。

そういうことも仕掛けていこうと考えています。参加する動機として、斎藤さんのような地域で活躍しているスター選手の存在は大きいので、イナカムを通じて各地域のスター選手をどれだけ育てられるかというのは使命として持っています。

ーーこれからイナカムをどう発展させていくんでしょうか。

「地方はビジネスチャンスだ」というチャレンジングな価値観を持った人たちと、大きなコミュニティをつくっていきたいです。地域で新しいことをやる時は、周りの価値観が大きなポイントになりますが、地域の中に共感してくれる人や相談できる人を見つけるのってすごく難しい。イナカムを通して、地域を超えて同じ価値観を持つ人たちをつなげることで、情報交換しながらビジネスプランに磨きをかけたり、出会った人たちが意気投合して新しいビジネスをつくったり、切磋琢磨できる場にしていきたいですね。

スマート農業の普及を担う新たなビジネスが生まれる場所


ーーイナカムから、どんな新しいビジネスが生まれていきそうですか?

農業のDXの大きなテーマの一つに「スマート農業の現場への実装」がありますが、多くの農業者がスマート農業の実践には至っていません。その大きな要因が農機の導入にかかるコストです。そこで、農業者の経済的負担を減らすために、農機のシェアリングサービスを提供する事業者をどう育てていくのか、今議論を重ねています。農業のDXを含めて新しい政策を進めるには、こうした従来にないサービスや概念を作っていくことが不可欠な場合があり、イナカムを使うことでスムーズに実現できる可能性があると思っています。

ーースマート農業を普及させようとすると、これまでにない新たなサービスが必要になり、イナカムはそれを支えるプラットホームになり得る、ということですね。

起業者の方々は新しい課題を常にキャッチしようとしています。イナカムのコミュニティを活性化すれば、新たなサービスが必要になった時、その実現に向けてスピーディーに動くことができるはず。デジタル技術の活用によって、人と人をつなげてイノベーションを起こし、地域での起業を推し進めていきたいです。

いつかは農の分野で起業したいと思っています。

ーーところで、葛井さんは以前、僕も講師を務める「宮崎ローカルベンチャースクール」に参加してくれましたよね。起業にはもともと関心があったんですか?

いや、まったく興味はなかったんです。ただ、イナカムの立ち上げを通じて、いろんな起業支援者の話を伺ったのですが、実際に起業を経験された方とされていない方では言葉の「重み」が全然違うと感じていました。その感覚がきっかけで、少しでも起業者の気持ちに寄り添うためには、起業希望者と同じプログラムを経験しようと思って参加させていただきました。また、起業者のみなさんの「どの課題を解決してやろうか」という前のめりな姿勢に憧れるようになったこともあります。今も、いつかは農の分野で起業したいと思っています。(笑)

ーー「宮崎ローカルベンチャースクール」で得たこと、そこから新たにチャレンジしたことはありますか?

一番衝撃的だったのが、「早く失敗しよう」と失敗が前向きに捉えられているところです。行政では失敗が否定されるのが当たり前ですが、失敗を恐れずチャレンジングな提案をしていきたいという思いが強くなり、農水省の職員の兼業・副業が可能になるような仕組みをつくろうと省内で提案しました。兼業・副業によって僕たちが継続的に地域に入り込める体制を構築することで、この先行政職員に不可欠になる「地域で交渉・調整を行う現場力」を身につけることができるだろうと考えています。

ーー農業ベンチャーで副業して週に一度は現場に行っているような、内と外を行き来する働き方ができると可能性は広がりますね。農業のDXは、農水省職員の柔軟な働き方も後押ししてくれそうです。

今は事務作業に多くの時間を奪われていますが、まずは自分たちの業務を効率化して、新しいアイデアを出したり、地域に継続的に通ったりする時間を持てるような環境をつくらないといけません。そこはDXに期待したいです。

とはいえ、今省内職員の多くが「変わらないリスク」を感じつつあるので、思いつきで提案や行動ができたり、新しいことにチャレンジしたりするハードルは徐々に下がっています。失敗できない行政と言いましたが、行政も変わり続けないといけないと思うんです。僕は人と交流しながら答えを導き出そうとする性格なので、完成形を作ってから世に出すというより、ふわふわしたものを世に出しながら成長させる方が性に合っていて。イナカムもまだまだ改善点はありますが、みなさんの声に耳を傾けて軌道修正しながら、新しい農業・農山漁村の形をつくっていきたいです。

お知らせ一覧